雨の底

しぶきする雨にライトをにじませて貧民街ゆきバスが混み合う

スラムへの道を拒まれタクシーを降ろされる土砂降りの雨のなか

雨のジープニー乗り場の長い列につくこんなに濡れたら笑いたくなる

ジープニーに乗ればやすらぐ膝の上に見知らぬ小さな子をすわらせて

女らが笑いあう「ここはバクテリア・フローリングだ」ぬかるむ路地で

ここに似た別のスラムでは(海のほうだ)人びとは腎臓を売っているという

雨に蒼くただれる街の底にいる ずぶぬれの少年たちの一群れ

物売りの母の傍ら暮れるまで路上にしゃがんでいる子にも雨

顔ふかくしずめて物乞いしておりし女のようにある日はうずくまる

                                                                              「未来」2008年8月号

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風の街

ファーストフード店の入口 銃をもつ警備員いてにこやかである

お誕生会の三角帽子かぶった子と物乞いする子 強化ガラスを隔て

屋根のある歩道橋に家族寄り添って暮らせば小便臭きその歩道橋

人間が埃のように灰色に路上に吹きよせられていて 母と子

(風のように年寄り) 風が吹く街で煙草の一本ずつを売り歩く子も

一本の汚れた手その前後左右からも伸びてくる物乞う手と手と手と手

なにもない、と両手をひらけばあっさりとわれを見捨ててゆく子らの群れ

ゴミだらけの路上のほかにゆくところ帰るところもない仲間だろう

台風が近づいてくる風のなかビニールごみの鳥がふくらむ

ゴミをあさる子らが見えるのならいつか張り裂ける 空には胸があり

                                      「未来」2008年7月号

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 僕は急に脇の下がむず痒くなった。ああ、それは僕の人工の翼が生えていた跡だ。今ではなくなったこの翼、頭の中では希望と野心の末梢されたページが、ディクショナリーが捲られるようにちらついた。    李箱「翼」

ふるさとは生きられなくて翼たちが目指した帝都東京・首都東京

駅名を覚えてもわからない(ここはどこ)川のように他人が流れて

一枚の 平和か労働か芸術か 捨てられたチラシを踏んでゆく

記憶にない昔話をする少女「パパはビルから飛び降りたのよ」

枕もとにあなたが小銭を置いてゆくそれで煙草とパン買いにゆく

お話が上手だから好き夜の海に虹がかかるおとぎ話 して

従順な鏡であれば憎まれる(あなたの偽善|わたしの偽悪)

道に投げ捨ての煙草の吸い殻を拾って吸ってた買えないときは

「ビルとビルの間に落ちていたんだって誰にも気づかれなかったんだって」

翼などあったためしはないが都市はなんでこんなに背中が痛い

 すでにこのカインの末裔たちは星を失ってから久しい。   李箱「東京」
地下道から四角い空を見上げる度われをひきあげる腕の まぼろし

男らの虚栄と三月ぼた雪のよごれた雪の溶けてゆくさま

どぶねずみが死ぬように死ぬ植民地京城でも帝都東京でも

故郷では何も言わずに笑っていた土手に菜の花もう咲いていた

逝きてあの日の少年に戻りふるさとの海からの光  見るだろうか

*注 李箱(イ・サン 一九一〇〜三七)モダニズム作家、詩人。三〇年代の植民地朝鮮・京城で活躍し、二六歳で帝都・東京で夭折した。

                                   「新彗星」 創刊号 08/春

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夏・家族

むしろ闇の半円に閉じこめられているみたいだ青い青い夏空

軒下でぐんぐん太る緑怪獣アロエぽきんと折れるやさしさ

救いようもなかったのだが恐竜の足のあいだをゆく救急車

親たちのいさかう夜をサイレンのようにはげしくおまえは泣けり

父と呼び母と呼びつつ見ておりし無惨の貌をわたしたちももつ

恐竜も新幹線も埋めつくす洗濯物は土砂崩れして

「あめのひのブッブー」だって。おもらしの水たまり走る玩具のくるま

体だらしなくなげだしてそれでいいような気もする こどもとひるね

車は夏の高速道路をひた走り気化するように消える家族か

風がめくってゆく秋 やさしい家族として赤い楓の道をあるこう

                                  「未来」2007年12月号

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被爆後の六十年を生き抜いた壮絶なあなたが あっけなく逝く

おばあちゃんばいばい何もわからぬ子が言われるままに花投げ入れる

靴に穴があいてることを思い出す冬の雨泣きたいほど冷たい

兵の日のことは語らず伯父も逝く 昭和の終わりの氷雨もはるか

なつかしいひとたちにあう あいたいかあいたくなかったかわからない

裁判所の吹きっさらし 原告側 被告側 時間差で煙草吸う

遺族の意見陳述を聴く心からの叫びとうわずってしまう心と

あざわらう声はどこから いまわたしは瞋りの糸にからまりやすく

犯罪におそらく人格はなくて底なしのむなしさに響かせる声

めぐりくる春ごとさくら咲くだろうさくら焚書の灰のごとく降る

                              「未来」2008年6月号

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カレーパーティ

友だちの友人の知人の外国人がカレー・パーティをするというから

駅を降りて次第に狭くなる路地に貧しさたちの灯りがともる

集まりはふまじめで切実で 食べ物やビールすこしずつ持ち寄り

名前を教えあうこともなくのっけから奇妙な愛称でやりとりをする

学生だって住まないぼろぼろアパートの階段みたいにきしむ心だ

ふるさとの話にはきりきり胸痛む愛憎があるあどけない横顔

部屋の隅の鏡をかわるがわるよぎるジーンズ姿の危うさたちが

戦争で捕虜を殺してから幽霊をみるというバングラディシュ人と寝た

いつか憎みはじめるだろう心臓に触れたら一夜限りの 友だち

きっともうこの駅で降りることはない始発電車すこし震えながら待つ

                                   「未来」2008年5月号

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人権展

消息の途絶えしひとりが夢に来てこれから戦争へ行くのだという

展示品の銃をもつカラシニコフは生後百日くらいのおまえの重さ

祖母が飴を入れていた小さなカンカンのようなカンカンこれが 地雷

夕暮れのすすきセイタカアワダチソウ秘密基地あの瓦礫の原っぱ

ワンピース泥によごれて 戦場のようなわたしがそこにいました

宝石より価値あるものは言葉 ヘレン・ケラーの直筆のメモを見る

ホームレス氏の詠みし短歌の七音のうつくしきかな〈散りてひとなり〉

看護師になったそうです「ゆずり葉」の朗読が上手だった女の子

死んだ子に返しにゆこう駄菓子屋で借りた十円玉のいくつか

世界じゅう雪が降っていてふれてみる指のさきから涙にかわる

                                  「未来」2008年4月号

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砂の塔

掃きよせた落ち葉を風がさらってゆく(砂が素足にあたって痛い)

立ち枯れて咲くヒマワリの野の向こう強制収容所跡などがある

街路樹はあの日の秋の色をしても行方不明のままの友だち

なぜか声をかけられなかったそれっきりどこにもあなたがいなくなった

サティアンという塔ありき落ちてくるイカルスの群れを見るようだった

泣いたって仕方ないから片隅で痛みがとおりすぎるのを待つ

見殺して逃げたときから錆びた鉄を舐めたみたいな味がしている

抵抗は無駄なことだとじゃりじゃりとコンクリートをかじりはじめた

鉄のベッドがくぼんでいるのは爆弾が落ちたあとあなたが死んだあと

街も森もむかし話もことごとく砂の巨人がさらっていった

                                   「未来」2008年1月号

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砂がこぼれる

両目から砂がこぼれる魂が崩れ始めているかもしれない

カーテンはまるくふくらみ春風や子どもやおばけを隠している

前世は原爆で死んだ男だとおもうよ 唐突にあなたが言う

やわらかい子どものからだでできている地球ニ誰カガ落トス爆弾

手足吹きとばされながら小さい子なぜ傷ついているかを知らない

首飾りみたいに首のまわりだけ焼け残っていたあの日のわたし

なぜするのかわからないままキスをして いきなりなにかをあざわらいたい

「労働は自由への道」その道をゆきてかえらぬ無数の人体

バランスはとれない だって片方は子どもの涙で濡れた地球だ

民を撃つ契約だったか君だって狂ってもおかしくないと思うよ

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メトロノーム

メトロノームみたいだわずかに音がして拍子がすっかり変わってしまう

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妖精

学校を風邪で休んだ雪の日に窓辺で踊る妖精を見た

盗癖のある子もなにげなく席にすわらせて村のクリスマス会

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ともだち

死んだ子のほかには知らない わたしが死んだ子の友だちだったこと

ポケットに松ぼっくりを詰めこんで息はずませていた子も いない

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メルヘン

その朝は庭じゅうの葉から露の落ちる音で目覚めたような気がした

嘘つきの大人を信じてわたしたちおひさまの絵をかくのをやめた

もうすぐに死んでゆく蛾の羽ばたきのまるでけだるいためいきのような

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階段

路地裏の階段からはゴミ置き場と大人たちの嘘がよく見えた

ゲットーの四角い空から降る雪を見ているもうすぐ永遠に留守

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冬の岸

──詩は鏡をみがくこと鏡に映るのは君であって君ではないだれか──

雪で文字が消えないように葉書にはロウソクがこすりつけられていた

胸に鳥、ではなく鳥のかたちした空洞があり風が吹くと痛い

あうときは不思議にわたしたち無口で 痛いいのちのことは言わない

きっとずっといっしょの旅だから呼ぶための名前もしらないままでいました

奇妙なほど寒い夏があり数日をあなたのしずかな部屋で過ごした

霧は海のにおいがしていたここにとどまれないことだけはわかっていた

水いろの塗料はがれた舟が冬の岸にある あいたい人は死者

物語閉じたるのちも雪はまだ降っていて(わたしは葉書を待った)

歩き出したばかりのおまえが追ってくる雪のなかころびながら泣きながら

                                       「未来」2008年3月号

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水槽都市

あの日は雨 下宿の庭のどくだみの白い十字の花が濡れていた

雨の都市は水槽のよう君もわれも横顔だけの冷たい魚

透明な化石になって立ちつくす君の背中を見つめたままで

くやしみはかすかに触れ合うそのあとで小さく鋭く指を刺す錆

憎まれてありし日もあり図書館で禁帯出のハイネに触れる

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帰り道

獅子舞が頭上を過ぎていったあと西日の道で母とはぐれた

自転車屋の天井に自転車吊るされてそこだけが夕焼けのサーカス

真夜中のヘッドライトに照らされる向日葵なんの道標だろう

生の旅死の旅いずれが厳しいか柩の祖父は杖もたずゆく

本当ならおまえは生まれてなかったと父さん今さら何なんでしょう

父ありて帰れぬ故郷 父もし逝かばさらにかえれぬふるさとだろう

家族ひとつこわれてゆきしあの夏の夕焼けばかりは美しかった

何年ぶりの電話のあとは消息がまたわからない弟の鳥

地は稲穂の匂いにみちて永遠の破片のようなアキアカネ飛ぶ

永遠に辿りつづける帰路たどりつけない故郷 草の穂を振る

                              「未来」2007年11月号

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坂道

とおりゃんせの曲で信号渡りつつ帰らぬ決意のふるさとだった

色あせた水着を一年じゅう吊るしているスポーツ洋品店がある町

会えば楽しい話しかしない兄でした(失踪ぐらいするでしょう)

子を追って転がるように坂道を駆け降りゆきし母というひと

死に近き心は液体のようで会う度母は涙を流す

母逝きし午後の片隅たよりない心がおとうとの姿していた

競輪ですった、とたったそれだけを言う仕事も家族も失くして兄は

父には父の限界があるだろう わたしの姿は見えないのだろう

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鬼ヶ城

ふるさとに鬼ヶ城山ありわが知らぬ土地にもありて鬼、棲んでいるか

あるいは黄泉へつながっている亡きひとの声こだまする耳の洞窟

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トシ子ちゃんの地図帳

ゴミ焼却場付近に落ちていた 尋常小六年トシ子ちゃんの地図帳

触れるたびふちがくずれる地図帳に台湾も朝鮮半島も赤い

おかあさんって日本語で呼ぶのよおかあさん 朝鮮の子も台湾の子も

挺身隊のあのとき広島に行っていたらピカで死んでたね、と言いし母も死に

昭和四年の地図にはなかった汽車に乗って今ごろ広島にいるわたし

チェルノブィリ事故のゆうがた子のために雨合羽買う母たちを見た

台北より『臺灣萬葉集』届きしは 男と罵りあっていたさなか

かの地では歌詠みたちの死とともにしずかに滅ぶ日本語 滅べ

                           「未来」2007年8月号

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